備忘録

どうでもいいこと、けど忘れたくないこと

人っすよね〜

 こんちわ。

 いまミュージシャンとか、スタジオマンっていう仕事をしていて、ひしひしと思うことが、人生って人との巡り合わせやし、それがいつ来るかは分かんないんだな〜ってことです。急にどうしたジジイみたいなこと言って、って感じですが。笑

 

 ネットの世界を舞台にしてるクリエイターとかが目立っているけど、そういう人たちにしても、僕らのようなバンドマンにしても、ただ作って出しているだけでは上手くはいかないんですよね。そこにあるだけじゃ誰にも届かない。

 作品を出しておいて、誰かの目に、耳に留まって、ファンになってくれたらいいですけど、なかなかそうもいかないから「これめっちゃいい感じやと思うんやけど、どう?」って自分から広める努力をしたりっていう部分も必要で。手当たり次第に繋がっといて宣伝したりして。生業にしたいならなおさら努力して。

 そして、多くの人は途中で生業にしていくことを諦め、「まあ趣味でやってんですけど良かったら」ってとこに落ち着く。けど、クリエイター業にしても他のどんな業種にしても、続けることで築かれてきた人間関係が、思わぬところで自分の人生を変えることがある。と思っています。

 先日、日雇い派遣に行ったときにそんなことをツイートしました。

 これもうちょっと詳しく言うと(言っていいのかな)、彼はもともと東京の出身で、15年前ぐらいに当時やってた仕事の関係で大阪に住み始め、そこで中国人の革職人と出会ったとのこと。30歳のときにその中国人が独立するということでついていって、その人のもとで修行して、、といういきさつがあったそうな。で、声をかけてきた元職場の取引先の人っていうのが、ハイブランドのmasterpieceなどを扱っている会社のかたで、そこにヘッドハンティングされたわけです。行くしかねえ!ってなって入社を決め込んだと。ただ家賃とか諸々のお金がいるので、正式に仕事を始めるまでの間日雇いにきて、僕にこの話をしてくれたということです。

 

 つまり、彼は40歳にして自分の一番好きなことを仕事にでき、素敵な人生のスタート地点に立ったんですね。40歳という年齢だけ見るとかなり遠回りしたようにも見えるけど、こうやって彼の人生を振り返ってみると、無駄な時間とか、人との出会いで無駄だったってのはどうやらほとんどないですよね。会社勤めをしていたから革職人の中国人と知り合えたし、一生モノの職を手につけることができた。修行の期間はしんどかったみたいですが、大手の取引先との人脈を手に入れることができた。こういった出会いの数々が、40歳ですべて繋がって彼の人生を変えたわけです。

 

 この話聞いてトラックの中で「やっぱ人っすね〜!」としみじみ言ってました。

 バンドマンも、対バン相手とか、来てくれたお客さんとか、スタジオの人、ライブハウスの人、出会う人ってたくさんいるはずで、全員とつながっていたり知り合ったり話しかけたりは難しくても、一つの活動で一つでもプラスの人脈を作れたらいいよなぁって思います。ツンケンしてた20歳ごろの自分に喝。